つい最近まで、私のアイデンティティは『暇であること』だった。
数年前、私って何の取柄も無いなあ、、等と悩んでいたら友人も同じような事で悩んでいたのか、いなかったのか、ある日「はぁ…今の私なんて暇がアイデンティティだわ。それしかないわ。」と言い放った。…え、何その新しい考え方。確かに暇だということも自分の一部分ではあるけれどもその前に何かもっとあるだろうよ、と思った。でもなんか面白い。
それからというもの、私のアイデンティティも『暇』になった。事あるごとに「いやー、暇だわ。本当暇。何かあったらいつでも呼んでよ。」と自分のしょうもないアイデンティティを最大限にアピールしてみた。結果、苦笑されることも多々ありつつ、想像以上に沢山楽しい経験が出来るので、私の暇キャンペーンは結構長く続いていた。
そんな私が最近少しずつ、ほんの少しずつだが、明太子の人として認識してもらえるようになってきている。そして、必ず聞かれる質問がこちら
「いつからそんなに明太子が好きなんですか?」
その度に「そんなこと覚えてないわ。気付いたらだよ、気付いたら。」と返していた。心の中で。
そして、「私は本が好きで、中島らもが好きで、酒が好きで、ラーメンが好きで、赤色が好きで、MOROHAが好きで、プルーンが好きで、ヴァイオリンを弾くことが好きで、無印良品が好きで、高橋優が好きで、とりとめもなく沢山の好きがある。皆さんもそうでしょう、その全ての始まりなんか分かるもんですか。」と返していた。心の中で。自分の記憶力の低さを棚に上げて。そして実際「うーん。。ちょっと。。あまり。。よく覚えてないです。。」としどろもどろに返答するのだった。
だから今日は私の今までの明太子(たらこ)遍歴、何とか振り返ってみようと思う。
両親がとにかく魚卵好きで、昔から魚卵に接する機会がよくあった。そうはいっても極端に毎日毎日食卓に並んでいた訳ではないのだが。割と日々の食卓に出てきたのは焼きたらこで、おにぎりの具もよく焼きたらこを頼んでいた事は記憶にある。当時は、子供にあまり辛いのは良くないのではということでたらこだったそう。そして父親の好みで焼きたらこ。これでもかというくらいカリカリに焼く。
ずっと生で食べてきた母親は父親のその食べ方に衝撃を受けたそうだが、父親の影響で私も昔はよく焼いていた。その他、時々すじこもあり、回転ずしではとびこ軍艦の無限ループ。お正月や特別な時には数の子、いくらをここぞとばかりに他人の分にまで手を出した。
そこからどうにもこうにも何のエピソードも思い出せないので、中高生の頃の話は飛ばして大学時代の話。友人に聞いたところ、大学時代の私のイメージは酒とラーメン。ここでもまだ田口=明太子にはなっていなかったようだ。ただひとつ、サイゼリヤのタラコソースシシリー風というメニューをやたら食べていたことは私も友人も鮮明に覚えている。
ミラノ風ドリア、ペペロンチーノとの三択の中でダントツに頼んでいたのがタラコソースシシリー風。どうやら私のたらこスパゲッティデビューはタラコソースシシリー風で、おふくろの味的なポジションらしい。タラコソースシシリー風というメニュー名にもなんだか愛着があって、たまに唐突に口に出したくなるんだよなあ
明日へ続く